大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成4年(行ウ)1号 判決

原告

内藤啓吾

右訴訟代理人弁護士

山﨑博

吉川武

被告

阿部政康

右訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、伊達市に対し、金四七〇九万二〇〇〇円及びこれに対する平成四年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、普通地方公共団体である伊達市の住民である。

(二) 被告は、昭和六二年五月一日、伊達市長に就任し、以後同職にある。

2  被告の一般職員に対する本件給与支給及びその違法性

(一) 被告は、伊達市長として、平成二年四月から平成三年三月までの間(以下「本件期間」という。)、当時の同市の職員に対し、正規の勤務時間により勤務したものとして、同時間分の給与を支給した(以下、「本件支給」という。)。

(二) 本件期間(平成二年度)中における伊達市の職員の給料は、伊達市職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)二条により、正規の勤務時間による勤務の報酬と規定され、正規の勤務時間は、伊達市職員の勤務時間に関する条例(平成三年三月改正前のもの、以下「旧勤務条例」という。)二条一項(「職員の勤務時間は一週間四一時間を下らず四四時間を超えない範囲内において規則で定める。」)を受けた同市職員の勤務時間に関する条例施行規則(平成三年三月改正前のもの、以下「旧勤務条例施行規則」という。)により、月曜日から金曜日まで(以下「平日」という。)は午前九時から午後五時一五分まで(ただし、このうち午後零時から午後零時四五分までは休憩時間。一日の勤務時間は右休憩時間を除く七時間三〇分。)、土曜日は午前九時から午後零時三〇分まで(一日の勤務時間は三時間三〇分。)と定められており(三条、四条)、これらの合計は、一週間で四一時間と定められていた。

(三) しかし、本件期間中、職員は、平日は午後五時、土曜日は午後零時に庁内に流される今日はご苦労様でしたという放送を契機に一斉に退庁するのが通常であり、実際の勤務は、平日は午前九時から午後五時まで(休憩時間を除き、一日七時間一五分)、土曜日は午前九時から午後零時まで(一日三時間)しかなされていなかった(一週間の合計三九時間一五分、以下「実際の勤務時間」という。)。

なお、被告は、正規の勤務時間のうち実際の勤務時間以外の部分については、休息時間であるなどとして、これも正規の勤務時間に含まれる旨主張するが、右の時間帯について休息時間が置かれたことはない。休息時間は、仕事から完全に離れることを保障された休憩時間とは異なり、勤務時間の途中に気力回復等の目的で置かれる勤務休止時間に過ぎず、賃金支払の対象となる正規の勤務時間に含まれる反面、これを与えられなかった場合でも繰り越されることはないものとされている(旧勤務条例施行規則五条二項)。このような休息時間が勤務時間の最後に置かれることは考えられず、置かれているとすればそれ自体違法であるし、休息時間中に職場を離れ、帰宅することなど許されない。したがって、平日の午後五時以降、土曜日の午後零時以降に休息時間が置かれたことはないし、そのように評価することもできない。特に、土曜日については、午後零時から午後零時一五分までが休息時間であるとしても、その後午後零時三〇分までは勤務時間であることになり、このような勤務時間を控えた休息時間中ないしは勤務時間中に退庁することを認めることは考えられず、そのことのみを見ても、被告の主張は不合理である。

(四) 給与条例九条によれば、職員が正規の勤務時間について勤務しないときは、その勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合(組合休暇の許可を受けた場合を除く。)を除き、その勤務しない一時間につき、同条例一一条の一〇に規定する勤務一時間当たりの給与額を減額して給与を支給しなければならないから、職員が実際に勤務していない時間分(正規の勤務時間と実際の勤務時間との差である一週間に一時間四五分の割合による時間、以下「不足の勤務時間」という。)について、被告が、給与条例一一条の一〇の割合による給与額を減額せずに支給したことは、給与条例主義を定めた地方自治法二〇四条三項、二〇四条の二、地方公務員法二四条六項、二五条一項及び給与条例二条、九条に違反し、違法である。

3  被告の故意又は過失

被告は、実際の勤務時間が正規の勤務時間に満たないことを知りながら、故意又は過失により本件支給をした。

これに対し、被告は、本件支給は総務部総務課長の専決事項であり、正規の勤務時間前の退庁を早退扱いとして給与の減額をせずに支給するという扱いは被告の市長就任以前から確立した職場慣行となっており、被告はその是正に必要な努力を行っていたから、それ以上に総務課長による本件支給を阻止すべき義務はなく、これを前提とする故意又は過失は認められないと主張する。しかし、かかる慣行は、前記のとおり地方公務員法二四条六項等に違反する違法なものであって、これがいかに反復継続しても、法的効力を有する労使慣行は成立し得ない。したがって、このような運用は違法であり、被告は、これを何ら是正措置をとることなく放置し、むしろこれを積極的に推進していたのであるから、本件支給は被告の違法行為に基づくものというべきである。

4  損害

伊達市は、被告の違法な本件支給により、少なくとも本庁市長部局職員に対する支給分について、次のとおり、実際に支給した金額と本件条例により支給すべき金額との差額四七〇九万二〇〇〇円の損害を受けた。

(一) 正規の勤務時間  一年間で二一三二時間

(一週間当たり四一時間の五二週分)

(二) 不足の勤務時間  一年間で九一時間

(一週間当たり一時間四五分の五二週分)

(三) 本庁市長部局職員に本件期間に支給された金額

(1) 給料  七億四七一九万七〇〇〇円

(2) 期末手当  二億七三二三万八〇〇〇円

(3) 勤務手当    八二九七万一〇〇〇円

合計 一一億〇三四〇万六〇〇〇円

(四) 実際の支給額((三)の合計額)と本件条例により支給すべき金額との差額((三)の合計額に、(二)の(一)に占める割合を乗じて得た金額)

四七〇九万二〇〇〇円

5  監査請求

原告は、平成三年一〇月二一日、伊達市監査委員に対し、被告の本件支給により同市が受けた損害を補填することを求める旨の監査請求をしたが、同委員は、平成三年一二月一八日、その理由ないし必要がないとして、その旨原告に通知した。

6  結論

よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、伊達市に代位して、被告に対し、損害賠償として、四七〇九万二〇〇〇円及びこれに対する本件各支給日の後である平成四年一月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を伊達市に支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同2(三)の事実のうち、原告の主張するとおりの庁内放送が流されていたことは認めるが、その余は否認する。庁内放送は、執務時間の終了を職員に知らせることを目的としたものであった。

同2(四)の事実のうち、給与条例に原告の主張する規定があることは認めるが、その余は否認ないし争う。

原告が不足の勤務時間として主張している時間は、次のとおり、休憩時間に当てられているのみで、実際に勤務に当たっていなくとも、正規の勤務時間について勤務しないときには該当しないから、被告が原告主張の減額の措置をせずに本件支給をしたことは適法である。

すなわち、伊達市では、旧勤務条例施行規則五条一項に基づいて、正規の勤務時間のうちにおおむね三時間を超えるごとに一五分間の休息時間をおき、その時間は別に定めるものとされているのを受けて、執務時間(住民に対して開庁している窓口時間)中に市民に対するサービスに支障を生じないようにとの配慮等から、被告が伊達市長に就任する以前から、平日の午前中の分については午後零時四五分から午後一時まで、午後の分については午後五時から午後五時一五分まで、土曜日については午後零時から午後零時一五分までを休息時間とする運用が長年の慣行となっていた。

執務時間の終了時は、平日は午後五時、土曜日が午後零時であり、執務時間終了後、各職員は、自己の執務が終了次第残務整理(片付け、清掃等)を開始し、前記の各休息時間及び土曜日についてはこれと一体としての午後零時一五分から午後零時三〇分までの時間は、残務整理及び帰宅準備に当てられていた。職員の中には、これが終了すると逐次退庁する者もあったが、これは休息時間の変形的な取り方に過ぎず、原告の主張するような一斉退庁の事実はない。また、あくまで勤務時間は正規の勤務時間のとおりに運用されていたが、土曜日の午後零時一五分から午後零時三〇分も含め、右残務整理等が終了すれば正規の勤務時間の終了時刻前に帰宅しても業務に支障を来すことはないことから、この時間中の退庁については早退としない扱いが昭和二七年ころから確立した職場慣行となっていたために、右時間についても給与額を減額することなく本件支給をしたのであって、本件支給につき何らの違法性も認められない。

3  請求原因3の事実は、否認ないし争う。原告が主張するような勤務時間の運用はなされていなかったから、これを前提とする原告の主張は失当である。

また、伊達市では、職員に対する給与の支給は、総務部総務課長の専決処理事項と定められている(伊達市事務決裁規定第六条各別表)から、管理者たる被告は、本件支給を処理した補助職員たる総務課長が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりこれを阻止しなかった場合以外、伊達市が被った損害につき賠償責任を負うことはない。本件期間の当時、伊達市の職員の中に残務整理後休息時間中に逐次退庁する者があり、これを早退扱いしない運用であったことについては、被告も市長就任当時から適当なものとは考えていなかったが、長年の慣行に基づくこのような運用の是正は、勤務条件の実質的な変更に当たることから、市の業務全体の検討や職員団体との交渉などの慎重な手続を必要とし、その努力の結果、ようやく平成三年四月に至り右慣行を是正することができたものである。

したがって、このような慣行の是正が完了する以前に、総務課長による本件支給を違法として、これを阻止することは不可能であって、被告には注意義務違反はないし、この点につき故意も過失もない。

4  請求原因4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  当事者間に争いのない事実

請求原因1(当事者)、同2(一)(本件支給)、(二)(伊達市における勤務時間等についての定め)の各事実は、当事者間に争いがない。

同2(三)の事実のうち、原告が主張するとおりの庁内放送があったこと、同(四)の事実のうち給与条例に原告が主張するとおりの規定があることは、当事者間に争いがない。

二  伊達市における一般職員の退庁状況及びその違法性について

1  成立に争いのない甲第一号証の1ないし22、第二、第一二号証、第一四ないし第一六号証、第一七号証の1、2、第一八号証、第一九号証の1ないし3、第二七、第二八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二〇ないし第二四号証、乙第五ないし第一七号証、証人矢内順一、同堀内宣男、同佐藤秀雄の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件期間の当時、伊達市本庁には、一階に市民部と総務部の一部、二階に総務部及びその他の部署があった。主に市民部が戸籍、国民健康保険、福祉関係等住民に対する窓口でのサービスに当たっていたが、住民に対するこれら窓口を閉める時間、すなわち執務時間の終了時刻は、平日が午後五時、土曜日が午後零時とされていた。しかし、執務時間終了の直前に来庁した住民については執務時間を超えて職員が対応に当たることもあった。

(二)  本件期間の当時、本庁庁舎内の全館において、平日は午後五時に、土曜日は午後零時に、チャイムとともに皆様御苦労様でしたとの放送が流れ、窓口での対応に当たっている職員は、その後逐次窓口での執務を終了し、残務整理、帰宅準備をした上、帰宅していた。また、他の職員も、事務の繁閑に応じ、チャイムを契機とし、あるいはその後相当時間経過後逐次残務整理をし、その後帰宅準備をして帰宅していた。そのため、退庁の時刻が平日の午後五時一五分以前、あるいは土曜日の午後零時三〇分以前になることも多かったが、これは早退扱いとされることはなかった。

このように、正規の勤務時間の終了以前に退庁した者の数は、その勤務する部署や日によっても様々であって、一律ではなかった。例えば、本庁の庁舎内に勤務している約三〇〇人の職員のうち、総務部の職員は、ほとんどが平日では午後五時一五分以降も机についており、同時刻を超えて午後五時三〇分以降まで職務に当たっている者も多かった。他方、窓口での対応を中心とする市民部では、平日の午後五時直後には残っている職員は多かったが、午後五時一五分には既に退庁している者の方が多かった。

本件期間のころ、このように勤務時間の終了前に退庁する職員がいることについては、被告も当時これを認識していた。

(三)  しかしながら、伊達市において、勤務時間自体を平日が午後五時まで、土曜日が午後零時までとするとの扱いをしていたわけではなく、時間外手当も、平日の場合、午後五時から支給されることはなかった。

さらに、平日の午後五時一五分を超えて、午後五時半過ぎまで職場に残った例もかなりあったが、このようなときに時間外手当の支給申請が出ることはほとんどなかった。時間外手当は、午後六時以降まで勤務して、その承認があった場合にのみ支給されるのが原則であった。

(四)  また、伊達市においては、本件期間のころまで、職員の登庁、退庁に際し、タイムレコーダーや記録簿等を利用してその時刻を記録するような制度は存在しなかった。各部課の長や総務部においても、各職員の日々の退庁時刻を正確に把握して記録することはしていなかった。

(五)  以上のような退庁時刻の実情や早退扱いの有無及び時間外手当の支給の運用は、伊達市では、遡れば昭和二七年ころの古くから見られるものであり、平日は午後五時、土曜日は午後零時以降、職員が残務整理後退庁しても、早退扱いをしないのが、事実上の慣行であった。

(六)  右の午後五時一五分又は午後零時三〇分以前に退庁する職員が相当数いるという実情については、古くは伊達市において特に何らかの説明を加えることもなかったが、昭和五八年ころから、勤務時間終了前に退庁した職員については、平日の午後五時から五時一五分の間及び土曜日の午後零時から零時一五分までは休息時間であったとの説明がされるようになってきた。

(七)  しかし、このような退庁時刻の実情については、かなり以前から数次にわたり自治省からの指導や議会等の指摘もあり、その是正が長年の懸案事項であった。

被告の前任者である増岡氏の市長在任中(昭和五八年五月一日から昭和六二年四月三〇日まで)、折からの国家的な労働時間短縮の動き、人事院による四週五休制の導入の提言を受け、伊達市でもその導入が検討されたが、その前提として、伊達市では、職員が実質的に庁内に拘束される時間が正規の勤務時間を下回っていることがある点が問題となり、職員団体との四回の団体交渉(昭和五八年一一月二一日、昭和六〇年一一月二八日、同年一二月四日、昭和六一年三月三一日)及びこれに伴う三回の事務折衝(昭和五八年一一月三〇日、昭和六一年一月二〇日、同年五月一七日)が行われ、四週五休制の導入に際し、前記慣行的な取扱いを是正し、正規の勤務時間内の退庁は認めないとの方向で話し合いがなされたが、職員団体側は、難色を示し、交渉は進展しなかった。

被告が市長に就任した昭和六二年五月一日以降は、同年一〇月二七日に着任後初の団体交渉がなされ、被告から職員団体代表者に対し早期是正のための協議を提案したが、同代表者は勤務条件の変更に当たるとして正式提案を待って対応するとの回答をした。

この間、労働時間短縮の観点から、昭和六一年一一月七日には地方公共団体職員の労働時間の短縮をはかる四週六休制の試行についての検討を促す自治省行政局長の通知があり、これを受けて、伊達市でもその導入が検討された。前市長時代の四週五休制の導入の際と同様、その前提として職員の退庁時刻の是正が問題となったが、国については昭和六二年八月六日の人事院による実施勧告、地方公共団体については昭和六二年一一月二七日には同実施の検討を促す自治事務次官の通知がなされたため、早期実施を急務として、昭和六三年四月、右是正は先送りした形で四週六休制が試行された。

また、昭和六三年五月三一日には土曜閉庁方式の導入に向けて必要な条件整備を促す行政局長の通知が、同年一二月二二日には右導入の検討を促す自治事務次官の通知が発せられ、これを受けて土曜閉庁方式の導入の検討も開始された。

これらの制度の本格的な実施には、退庁時刻の是正問題の解決が不可欠であったことから、伊達市当局は、この過程で、平成元年二月、職員団体に対し、四週六休制の本格的実施及び土曜閉庁の条件整備として、従来の休息時間の運用廃止等を提案した。これに続いて、同市当局者は、平成元年九月八日、平成二年三月二四日、同年五月二六日、同年九月六日、職員団体との間でそれぞれ団体交渉を、また各団体交渉につき二回ないし三回の事務折衝を行った末、同年一〇月一五日にようやく交渉の妥結をみるに至った。

その結果、平成三年四月一日からは、休息時間は、午前については午前一〇時から午前一〇時一五分、午後については午後三時から午後三時一五分までとする割り振りに改められ、これに伴い退庁時刻も厳格に平日は午後五時一五分、土曜日は午後零時三〇分であることが確認された。

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

2  以上のとおり、伊達市では、昭和二七年ころから、相当多数の職員が、勤務時間の終了前に退庁していたにもかかわらず、これらの職員につき早退扱いとして給与の減額を行うという措置が取られていなかったものと認められる。

被告は、このような職員はむしろ少数であった旨反論するが、前記認定のように、従前から自治省等から運用の是正の指導があったこと、本来職員団体にとって有利であるはずの四週五休制、四週六休制等の労働時間の短縮方策の導入の前提として本件の退庁時刻の是正が問題となっていること、これに関する職員団体との交渉が長年月を要し困難を極めていたこと、また、被告自身「慣行による勤務時間」等の言葉を用いていること(乙第一六号証)などからして、伊達市における実態は、ごく一部の限られた職員が早期退庁していたというよりは、相当数の職員が勤務時間の終了前に退庁し、各部課の長もこれを咎めていなかったものと認めるのが相当である。

3  そして、被告は、このような早期の退庁について、休息時間、退庁準備時間等の弾力的運用であって違法ではない旨主張する。しかしながら、証人矢内の証言によれば、昭和二七年ころから継続しているこのような実情について、右のような説明がなされるようになったのは昭和五八年ころからであることが認められる。また、前記団体交渉記録等を見ても勤務時間、執務時間等の用語について市当局の側にもかなりの混同がみられ、必ずしも明確に問題状況が認識されていなかったこと、また、団体交渉における職員団体側の前記のような対応からは、平日における午後五時以降、土曜日における午後零時以降の時間は、職員団体側では、庁内に拘束されることはない時間として認識されていたことが、それぞれうかがわれる。

そもそも、休息時間は、職員の健康保持とともに職務能率の向上を図るものであるから、勤務時間の途中に設定されるべきものであるし、休憩時間とは異なり、勤務時間に含まれ、職場を離れることは許されない拘束時間に含まれる。したがって、正規の勤務時間内の退庁をもって、休息時間中の退庁であって違法ではないということはできない。

さらに、土曜日については、午後零時一五分から同三〇分までの時間について、当時総務課長として市の当局側の立場にあった証人堀内自身、団体交渉の過程でこの時間内の退庁が違法である旨明言している(乙第六号証)ことからも明らかなように、退庁準備時間の運用であって違法ではないと説明することは困難であると言わざるを得ない。

したがって、本件期間中に、平日の午後五時一五分以前又は土曜日の午後零時三〇分以前に退庁し、そのため実際の勤務時間が条例上の勤務時間よりも不足した職員については、このような退庁は、違法であると言わざるを得ない。

三  被告の責任について

ところで、本件支給は、伊達市総務部総務課長の専決事項とされていることは当事者間に争いがなく、管理者たる被告は、原則として、本件支給を処理した補助職員たる総務課長が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりこれを阻止しなかった場合以外、伊達市が被った損害につき賠償責任を負わない。

原告は、本件期間の当時、伊達市の職員全員がほぼ一斉に勤務時間の終了前に退庁していたことを前提として、本庁市長部局職員の全員につき、平日の午後五時及び土曜日の午後零時以降正規の勤務時間終了時までの間を早退扱いとして減額しなかったことが違法であると主張している。

しかし、前記のとおり、当時相当数の職員が勤務時間終了前に退庁していたことは認められるものの、原告の主張するように職員全員が一斉に退庁していたとまでは到底認めることはできない。また、個々の職員の登庁時刻も不明であり、勤務時間終了後も机に向かっていることもあったのであるから、特定の職員が勤務時間終了前に退庁したからといって、当然にその者の当該日の実際の勤務時間が条例による勤務時間に不足を来しているとか、あるいは当該職員の実際の勤務時間が全体としても法定時間に不足しているということもできない。

さらに、勤務時間終了前に退庁した職員についても、退庁時刻から勤務時間終了までの時間は、平日についてはせいぜい五分とか一〇分とかの、土曜日についても一〇分とか二〇分とかの短時間と推測される。しかも、本件期間の当時においても、伊達市では職員の登庁・退庁に際し、その時刻を記録するような出勤・退勤の管理及び記録がなされていなかったのであるから、被告としては、本件期間中、個々の職員につき、誰が勤務時間終了前に退庁したのか、当該職員が正規の勤務時間に対して実際に勤務した時間に不足が生じたのか、仮に不足があったとして、何分不足していたのかについては、これを把握することは不可能であった。

そうすると、被告が、個々の職員について若干の勤務時間の不足が生じていたとしても、総務課長をしてこれを早退扱いとして給与を減額させなかったことをもって違法と評価することはできない。

もっとも、被告は、伊達市の市政全体の最高責任者であり、現に勤務時間終了前に退庁する職員が多数いることを認識していたのであるから、その実態を調査し、あるいは、各職員の登庁・退庁の時刻を記録するなどして、厳格に早退扱いの当否を判断できるように制度を整えるべきであったと言わざるを得ない。このような条理上あるいは政治的な責務を怠ったとして非難することはできる。しかし、被告において、職員の執務時間終了直後の退庁につき肯定的な見解を示し、実際の勤務時間の不足を承認したというのであれば、そのような事情を含めて一体として、給与を減額させなかったことが違法であると評価する余地もあろうが、本件では、被告は、職員の退庁時刻についてその実情が好ましくないとして、これを改善し、勤務時間を厳格に遵守させるべく努力を払っている。したがって、やはり、被告が職員の給与の減額をさせなかったことを違法と評価することはできない。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、すべて理由がないから失当として棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大出晃之 裁判官菅野博之 裁判官手嶋あさみ)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例